大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

旭川地方裁判所 平成3年(ワ)84号 判決 1993年3月30日

主文

一  被告は、原告に対し、金一三万円及びこれに対する平成三年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成三年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が北海道から委託されて実施した地籍調査の結果、自己の所有地の登記簿上の地積の表示が大幅に少なく訂正されるに至つた原告が、右地籍調査の際に被告の担当者が原告の住所の調査を怠り、地籍調査手続上要求されている土地所有者である原告への通知がなされないまま、地籍調査が行われたため、原告は右手続上保障されている現地調査への立会や調査成果の訂正申し出の機会を奪われたとして、国家賠償法一条に基づいて、損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実経過

1  原告は、昭和五〇年六月に、別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件各土地」という。)を買い受け、以後、所有している(争いのない事実)。

2  被告の農業委員会地籍調査係は、北海道から委託された本件各土地を含む稚内市大字声問村樺岡地区の地籍調査を行うに際し、地籍調査作業規定準則(総理府令。以下、「準則」という。)では、地籍調査の過程での現地調査には当該土地の所有者の立会を求めることになつており(二三条二項)、地籍調査の実施者において現地調査を実施する地域内の土地所有者に対して実施地域、時期と調査に立ち会うべき旨を通知するよう規定(二〇条)しているのに従い、昭和五六年四月二〇日頃に調査区域内の土地所有者に通知を普通郵便で発送したうえで、同年五月一日に樺岡町内会館で右土地所有者らに対する現地説明会を行い、以後同年九月二〇日までに地籍簿作成に必要な現地調査を終了し、地籍図及び地籍簿を作成した。そして、国土調査法(以下、単に「法」という。)一七条には、地籍調査の実施者においては、地籍図及び地籍簿を作成した後遅滞なくその旨を公告し、実施者の事務所で右公告の日から二〇日間これを一般の閲覧に供する(一項)とともに、右期間中これに測量もしくは調査上の誤り又は政令で定める限度以上の誤差があると認める者からの訂正の申し出を受け付け(二項)、その申し出に係る事実があると認めた時には、遅滞なくこれを修正しなければならない(三項)と定められており、国土庁土地局長通達「地籍簿案の作成要領」では、調査区域内の土地所有者のうち当該市町村内に在住しない者に対しては、前記の公告及び閲覧を行う旨を予め通知するなど調査成果の確認が得られるよう所要の措置をするよう求めていることから、被告は、昭和五八年一月六日に右公告をするとともに、調査区域内の土地所有者に文書を郵送して通知したうえで、同月一九日から二〇日間、地籍図及び地籍簿を一般の閲覧に供して、訂正の申し出を受け付けた。

3  原告は、その当時既に、現在の住所に居住していたが、本件各土地の登記簿上の原告の住所は本件土地取得時の住所である小樽市富岡二丁目一一番二九号(以下、「旧住所地」という。)のままになつていた。被告の農業委員会地籍調査係は、昭和五六年四月二〇日に原告の旧住所地に宛てて、前記現地説明会の通知を発送したが、「あて所に尋ねあたりません」というスタンプが押されて返送されてきた。その後も、原告には、前記2の地籍調査に関する通知は一切届いていない。

4  前記2の地籍調査の成果は昭和五八年四月一日に北海道知事によつて認証され、道知事から被告を通じて旭川地方法務局稚内支局に送付された右成果の写しに基づいて、同月一八日に同支局登記官により本件各土地の表示に関する登記の地積の訂正が行われ、表示の登記上の地積が一万七六八七平方メートルであつた別紙物件目録(一)記載の土地は、同目録(1)と(2)の土地に分筆されたうえ、地積は同(1)が六一四六平方メートル、同(2)が九〇平方メートルと、同(二)記載の土地の地積は五四四四平方メートルから三二六一平方メートルへとそれぞれ訂正された(本件地籍調査の成果に基づき、本件各土地の登記簿上の地積の訂正がなされたことは争いがないほか、《証拠略》)。

5  前記準則二〇条の規定に関し、昭和五四年二月七日付で国土庁土地局国土調査課長は、<1>現地調査の通知が所有者又はこれらの者の代理人に到達しなかつたときは、その現住所を住民票、除かれた住民票もしくは戸籍の符票等の謄本により、又は当該土地に係る固定資産税の納付者もしくは近隣住民からの事情聴取により調査して再度の現地調査の通知を行う、<2>現地調査を実施する地域内の土地の所有者で自ら又はその代理人により現地立会を行わなかつた者について、不立会調書を作成して認証請求書に添付させる旨の指示を発しているが、被告は、原告に前記3の通知が到達しなかつた後、右指示事項に定める原告の現住所の調査や不立会調書の作成、添付をしなかつた(争いのない事実)。

6  被告においては、本件各土地に関する地籍調査票の所有者意見欄に原告の押印を得ておらず、原告の同意(承認)を得ていない(争いのない事実)。

二  本件の争点

1  原告の地籍調査についての現地調査への立会や閲覧期間中の訂正申し出の利益について

原告は、地籍調査自体は、直ちに国民の法律上の権利を左右するものではないとしても、法は認証者に対し登記所にその成果の写しを送付するように、また登記所において土地の表示に関する登記をこれに基づいて訂正するよう義務付けており(二〇条)、右訂正がなされれば土地所有者の権利又は義務に重大な影響を与えるから、土地所有者の納得を得るためにも、前記一2のとおり、現地調査への立会の機会やその成果の閲覧と訂正の申し出をする機会が保障されているのであり、右立会や訂正の申し出の利益は私法上の保護に値すると主張する。右土地所有者の現地調査立会の機会の重要性は、準則三〇条一項に「筆界は慣習、筆界に関する文書等を参考とし、かつ、土地の所有者その他の利害関係人又はこれらの者の代理人の確認を得て調査するものとする。」と規定されていることや、昭和五四年二月七日付の前記国土庁土地局国土調査課長指示からも明らかであり、また、国土調査の成果の一般への閲覧と訂正の申し出の機会については、前述の「地籍簿案の作成要領」で他市町村に在住している土地所有者に対する所要の措置を求めていることにもその重要性が表われているとする。そして、原告の現地調査への立会や閲覧期間中の訂正申し出の機会を奪つた被告の農業委員会地籍調査係の行為は国家賠償法一条の要件を充たすものであると主張する。

これに対し、被告は、地籍調査は土地の現況を調査・記録するという単純な事実行為であり、その成果も国土の開発及び保全並びにその利用の高度化(法一条)を達成するための内部資料に留まり、その内容が対外的に効力を持つものではなく、法二〇条に基づく登記についても、土地の表示に関する登記を現況に合わせて変更するものに過ぎず、これによつて国民の法律上の権利に直接影響を及ぼすものではないから、現地調査への立会や成果に対する訂正申立ての機会は私法上保護される利益ではないと反論する。

2  被告の農業委員会地籍調査係の過失の有無

原告は、被告の農業委員会地籍調査係は、前述のとおり土地所有者に現地調査への立会の機会を保障することの重要性から見て、更に原告のように土地の表示登記の中の地積の記載に比してその所有地の地積が成果上極端に減少している場合にはその影響の大きさに鑑み、前記一3の通知が返送されてきた後、住民票等によつて原告の住所を調査すべき義務があつたというべきで、原告は住民票上の住所を現住所に移していたうえ、被告の課税課資産税係では原告の現住所を把握していたのであるから農業委員会地籍調査係においても容易に探索可能であつたのに、何らの調査をしないまま漫然と放置した過失によつて、原告の現地調査への立会及び閲覧期間中の訂正申し出の機会を奪つたのであるから、被告には、国家賠償法一条に基づき、これによつて生じた原告の損害を賠償する責任があると主張する。

これに対し、被告は、農業委員会地籍調査係では、不動産登記簿上の住所に従つて前記一3の通知をしたのであり、その後も、昭和五七年二月に地籍調査の成果の仮閲覧の通知を、同五八年一月には前記一2の公告と閲覧の通知をそれぞれ原告の登記簿上の住所に宛てて発送し、これらは返送されてこなかつたので原告に到達したものと判断し、それ以上の住所調査等は行わなかつたのであるから、同係吏員には過失はなかつたと反論する。

3  原告の損害額の主張

(一) 積極損害

(1) 傭車費 六万円

原告は、平成二年一一月一五日、同月二〇日、同月二七日に、稚内市役所や北海道開発局稚内開発建設部を訪れて、本件に関する調査を行つた際、一回につき二万円、計六万円の傭車費を支払つた。

(2) 交通費 九八八〇円

原告は、平成二年一二月一〇日に、JR北海道旭川支社を訪ねて、本件各土地と鉄道用地の境界について調査した際、小樽--旭川間の往復鉄道運賃(特急料金を含む。)として右金額を支払つた。

(3) 調査費用 一〇万円

原告は、本件各土地の地積の変更の経過及び登記手続の経過についての調査を土地家屋調査士中島宗明氏に委任し、平成二年一二月二五日に、その調査費用として一〇万円を支払つた。

(二) 慰謝料 四四三万〇一二〇円

(三) 弁護士費用 四〇万円

第三  当裁判所の判断

一  原告の立会及び訂正申し出の利益について

地籍調査の過程における現地調査について、法二五条が土地所有者その他利害関係人又はこれらの代理人を現地に立ち会わせることができるとしているのは、法一七条で地籍調査実施者に地籍図及び地籍簿の一般への閲覧と訂正申し出の受付を義務付けていることと合わせて、主としては地籍調査の成果の正確性を確保するためであると考えられる。

そして、確かに、被告の主張するように、地籍調査は、土地の客観的な現況を調査・記録するものであり、法上認証者に対し登記所にその成果の写しを送付し、また登記所に対しても土地の表示に関する登記を通知に基づいて訂正するよう義務付けていることを考慮しても、右による地籍の更正登記も土地の表示の登記が客観的に定まつている当該土地の地籍と合致しないことを理由にこれを訂正するに過ぎないもので、地籍調査自体もこれによつて当該土地の権利関係、形状、範囲等を変更したり、隣接地との境界に変更を生じさせるなど、国民の法律上の権利関係に直接影響を与える性格のものとは解することができない。

しかし、地籍調査は、特にこれに基づいて前述のように地籍の更正登記がなされたり、更に法三二条、同二〇条三項に基づいて分筆又は合筆の登記がなされたりしたような場合には、土地所有者の権利又は義務に事実上一定の影響を与えることは明らかである。特に、地籍図及び地籍簿の作成には筆界の正確な確定が不可欠で、ここに誤りがあつた場合の土地所有者らへの事実上の影響は大きく、右筆界の確定に所有者が立ち会つて関与することは右の者らが誤つた筆界確定によつて事実上不利益を被ることを防止するためにも意味があるというべきである。

そして、前述のとおり、法上は、地籍調査の成果によつて事実上の不利益等の影響を受けることのあるべき土地所有者ら利害関係人に対し、地籍調査実施の手続の過程において、右手続に参画する機会を保障する明示の規定は存しないものの、法三条二項の委任に基づき調査の作業規程を定めた準則中には、右利害関係人らに対し、現地調査を実施する地域及び時期並びに調査に立ち会うべき旨の通知をすること(二〇条)やこれらの者の立会を求めること(二三条二項)を定め、地籍調査実施の過程における手続参画権を保障している。更に、準則で、境界の確定を慣習や文書のみで行うのではなく常に土地所有者その他の利害関係人の確認を求め(三〇条一項)、これが得られない場合には「筆界未定」と調査図素図に朱書すべきことにしている(同条二項)のも、土地所有者らの前述の利害に配慮したものと解することができる。また、国土調査の成果の一般への閲覧と訂正の申し出についても、前述の地籍調査が土地所有者らの権利又は義務に与える事実上の影響や、右の者らが被る可能性のある事実上の不利益に鑑みれば、法自体も単に地籍調査の正確性の確保のためだけでなく土地所有者らの私的利益にも配慮して閲覧と訂正の申し出の機会を与えているものというべきで、前述の「地籍簿案の作成要領」で他市町村に在住している土地所有者に対して公告及び閲覧を行う旨を予め通知するなど調査成果の確認が得られるよう所要の措置を求めていることのほか、地積調査票の所有者意見欄への所有者の同意を表わす押印が求められていることも、右の見地から理解するべきものである。

以上に見てきたとおり、地籍調査の成果は、これにより土地所有者ら利害関係人の権利関係に実体上直接の影響を及ぼす性格のものではないが、権利関係への事実上の波及は免れ難い性格を有するもので、法及び準則はこの点を考慮して、右利害関係人らに対し、地籍調査実施の過程において、一定の手続参画権を保障しているものである。

したがつて、これらの者の私的利益にも配慮して法令上要求されている現地調査への立会や閲覧時の訂正申し出の機会を付与されるべき利益が、公権力の行使(地籍調査がこれにあたることは明らかである。)にあたる公務員の故意又は過失による行為で侵害された場合には、右行為は国家賠償法一条一項の違法性の要件を具備するものというべきである。

二  被告の農業委員会の地籍調査担当者の過失について

1  《証拠略》によれば、原告は昭和五〇年九月に旧住所地から現住所へ移転する際に、小樽市長宛に転居届を提出して住民票上の住所を現住所に移していること、また、昭和五二年五月に被告の課税課資産税係から「特別土地保有税の申告納付について」と題する書面が現住所宛に郵送され、以後同様の内容の書面が昭和五六年四月まで毎年現住所宛に郵送されてきたことが認められる。

2  前記第二の一3の経過で原告に対する現地説明会の通知が不送達に終つた場合には、被告の農業委員会地籍調査係としては、前述の現地調査への土地所有者らに対する立会の機会を保障する手続の重要性に鑑みても、前記第二の一5の<1>の指示に従い、原告の住民票を調査したり、被告の課税課資産税係に照会するなどして原告の現住所を調査すべき義務があつたのにこれを怠つたもので、しかも、右1の事実からすれば、右各調査によつて原告の現住所は容易に判明して現地調査の通知が送達され、原告に立会の機会を与えることが可能であつたものと認められる。

しかるに、《証拠略》によれば、被告の農業委員会地籍調査係では、現地調査の通知の返送の後、前記第二の一2の閲覧に至るまで事務繁忙等の特段の理由がないのに何ら原告の現住所についての調査を行わず、原告に前記手続参画の機会を与えないまま地籍調査実施を続行したことが認められるから、同係の吏員には、原告に立会の機会を与えず、訂正申し出の機会を失わせたことについて過失があると言わざるを得ない。

《証拠略》中には、前記第二の一2の仮閲覧及び閲覧についての通知も原告の旧住所地に宛てて発送したが戻つてこなかつたので原告に到達したと判断した旨を述べる部分があり、《証拠略》の別紙「昭和五六年度声問村樺岡地区土地所有者名簿」にも原告の氏名と旧住所地が記載されている。被告はこれらに基づいて被告吏員には過失がないと主張しているが、前述のとおり、原告の現住所を調査しないこと自体に過失があるというべきであるうえ、「あて所に尋ねあたりません」という理由で一度返送されたにもかかわらず、以後も旧住所地宛に発送したということ自体不自然であり、仮に右証言どおりであるとしても、閲覧についての通知等が原告に到達したことを認めるに足りる証拠はない。

3  なお、原告の手続参画の利益侵害とは直接関係はないが、前記第二の一5の<2>の指示に反し、被告は不立会調書の作成、添付をしなかつたこと及び前記第二の一4のとおり別紙物件目録(一)記載の土地について分筆の登記がなされたのであるが、これについて法三二条所定の手続が履践された形跡がない(準則三二条が規定する原告の同意を得ていないことは前記第二の一6の事実から明らかである。)ことは、被告の本件地籍調査実施の手続が法令に従わない杜撰なものであつたことを示すものであると指摘せざるを得ない。

三  損害額

前認定の被告の農業委員会地籍調査係の違法行為によつて、原告が被つた損害額について検討する。

1  傭車費について

原告主張の出捐を認めるに足りる的確な証拠はない。甲二五は、原告主張の三回の稚内行きの際の原告の出捐として原告自身に対する日当二万円を記載しており、そもそも現実の出捐を記載したものかどうか疑問があるし、原告の主張に対応する記載としては「車両借入れ」となつているのに、原告は本人尋問で原告主張の金額は同行した友人の土地家屋調査士の車に同乗させてもらつたことに対する謝礼であると供述しており、いずれの証拠からも原告の出捐を認定することはできない。

2  その他の積極損害(交通費・調査費用)について

右の各損害は、原告の主張自体から、原告が現地調査の立会及び閲覧期間中の訂正申し出の機会を失つた事実に関する調査のための出費であると認めることはできず、仮に右目的のための調査費用が含まれているとしても、その額を確定するに足りる証拠もないから、結局、被告吏員の違法行為と相当因果関係にあると認められる損害を認定できない。

3  慰謝料 一〇万円

本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、原告が本件地籍調査の際に現地調査の立会及び閲覧期間中の訂正申し出の機会を与えられるべき利益を失つたことによつて受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、一〇万円が相当である。

4  過失相殺

《証拠略》によれば、原告は現住所に昭和五〇年九月に転居しながら、現在に至るまで本件各土地について不動産登記法二八条の規定により原告単独で申請できる登記名義人の表示(住所)の変更の登記を特に理由なく申請していないことが認められ、これも原告が本件地籍調査の際に現地調査の立会等の機会を失うに至つた一因であることは前認定の事実経過からも明らかであるから、損害額の算定にあたつては原告が前述の住所変更の登記を申請しなかつた過失も斟酌されるべきであるところ、前認定の損害額から二割を減じた額をもつて、被告が賠償すべき損害額とするのが相当である。

5  弁護士費用 五万円

以上に認定した諸事情や認容した損害額からすれば、本件の被告吏員の違法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の額は、五万円が相当である。

四  以上の次第で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 木納敏和 裁判官 中村元弥)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例